銀座 オートクチュール「KOJI ATELIER(コージ アトリエ)」

KOJI COMMUNICATION|コージ通信

KOJI COMMUNICATION

ミラノ・パリ出張 ミラノ編

ミラノの街

6月24日(木)
定刻より少し早くAF275にて成田を出発。パリ経由AF2214にてミラノに夜無事到着・・。
早速タクシーでホテルStrafへ。そのホテルは以前宿泊した、ホテル“ドォーモ”の隣で、黒と銅版を基調としたとてもモダンな、小洒落たデザイナーズホテルである。ミラノ的、斬新なたたずまいが、次世代に向けての未来を感じる。

ただ、インテリアの完成度が未消化なところもあり、何故かホッとする部分でもある。モダンとは未完成を併せ持つフォルムなのかも知れないなどと、少し考えた。風呂に入って直ぐに就寝。

6月25日(金)
朝食を取る。さすがに生ハムが秀逸。ミラノに来たことを実感する。
午前10時過ぎに、いつもの素材工房に向かう。ルチアーノは相変わらず感じよく、笑顔で迎えてくれた。エスプレッソをご馳走になり、早速、’10〜’11秋冬コレクションの素材の選別に入る。

部屋の奥にあるスパンコールが美しく輝くイヴニング素材につい目が行ってしまい、数点オーダーする。

ミラノの素材工房にて

その後、地下一階でウール素材を大雑把に選別した後、一階に戻り、スーツ素材にコーディネートするブラウスは・・と、目を棚に向けると、ルチアーノが、「待っていました!」とばかり、その棚からミラノのテイスト溢れるシルクデシンやシフォン素材を、次から次へと運んできてくれる。

今回は他のスタッフも協力してくれるので、とても助かる・・。色調や柄のコーディネートがミラノらしく、徐々に構成されてくる。その作業がこちらに来る理由の一つでもある。私にとって、彼らは素材に関する心強いパートナーである。
更に、銀座のサロンのお客様の個別なオーダーに応える素材を選別する。お客様おひとりお一人の顔を思い浮かべてイメージしてゆく。これは緊張するも、又楽しい作業である。

ルチアーノとの充実した資材選別を終えた後、近くにとても素敵なアクセサリー工房を発見した。これは偶然の出会いであるが、担当のシニョーラは、とてもセンスがよく、我々日本人の肌の色、体型および感性を上手く捉え、次から次へと、クラシックな中にも、モダンなミラノテーストがちりばめられている、バッグ・アクセサリーなどを提案してくれる。
またまた、創作に関する心強いパートナーをミラノで発見して嬉しくなる。

姪の高橋家族と

夜は、私の姪とご主人の高橋健司君、そして可愛らしいお子さんたちと、著名なトラットリア“ミラネーゼ”で食事をする。
健司君のオーダーで、前菜からメインの料理、そしてヴィーノまで、全ての調和が取れていて、旅で疲れた胃袋を優しく満たしてくれる。高橋ファミリーの家族旅行の楽しい想い出や、ワールドカップの話題など、時の経つのを忘れるディナーであった。

6月26日(土)
午前中、モンテナポレオーネの界隈を探索して、コレクション用、および個別なお客様のアクセサリーおよび小物を仕入れる。いつも思うのだが、ブティックでの洋服のディスプレイ、および店員の応対がおしゃれでとても参考になる。

昼食は近くのカフェレストランで久しぶりにラザーニャを注文する。白ワインとの微妙なコントラストはミラノの乾燥した空気と相まって至福のときである。最高!!!
私にとって、ランウェイで行われるコレクション用ファッションと違って、実際に身にまとっている、ミラネーゼカップルの着こなしを観察しながらの昼食は、特別に大切な時間である。

日曜日のドォーモ広場

フェラーリとともに

パリ編・Ⅰ

6月27日(日)
12時にチェックアウトして、タクシーでマルペンサ飛行場へ。
エアーフランスの素敵な女性に教えられて、自動チェックインをチャレンジ・・。ところが、荷物をカウンターに預けた後、突然気がついた。一番大切なバッグの鍵をかけ忘れてしまった・・!どこかで開けられちゃうかな・・とちょっと不安になる。

行きつけの空港内のライブラリーでコレクションに関する資料を購入。日本ではなかなか手に入らないものがあり、嬉しくなる。

パリのホテルにて。

無事にパリに到着。鍵をかけ忘れたバッグも、何事も無く受け取ることができ、一安心。やはり外国だと、小さなうっかりミスが命取りになりかねないので注意が必要である。

ホテルに着くと、ポールからメッセージ。早速電話をする。次の日の午後1時に会う約束をする。又、息子・泰輔のフィアンセのお父上である小林さんより、素敵な花束が届いている。色合いといい、アレンジといい、流石のパリのセンスに感服する。早速、写真に収める。今後のスケジュールを考え早めに就寝する。

6月28日(月)
午前中は、時差対策および、トレンディーなディスプレイは見るために、ホテルの近くを散策。

午後1時、ポールとパリ在住スタッフの平田さんとホテルで待ち合わせ。近くのレストランで会食。私はポールと一緒にニース風サラダを注文して、パリから一足飛びにニースの雰囲気を満喫した。食後エスプレッソを楽しみながら、これからのスケジュール調整を行い、それぞれの行動に移る。

アヴェニュー“モンターニュ”をポールと歩きながら、世界のトップブランドを見て回る。店構えや、洋服のディスプレイなどとても参考になる。アヴェニュー“モンターニュ”のかもし出すたたずまいと、そこに出入りするお客様方の振る舞いは流石に超一流であると感じる。

カフェにてポールより、最近のパリのトレンドを聞きながら、秋冬コレクションのテーマの打合せを行う。

今ではパリで残っているオートクチュール・メゾンはほんの一握りとなった。
40年ほど前に私がパリに留学していた頃、オートクチュール・メゾンの発表する作品の数々は、私にとっては雲の上の存在であった。その美しいフォルムの数々は未だに目に焼きついている。
時を越えて、そのとき発表されたモードはこれからも歴史の語り部として多くの人々を魅了していくことに違いないであろう。

7時過ぎに小林さんとホテルにて出会い、皆でパリの日本食レストランに向かう。大いに語り日本食を楽しむ。
フランス人気質と日本人気質・・、私は違いがあるからこそ意味があると思う。
又、アングロサクソンとは一味違う、フランス人と日本人の共通点も面白い。印象派の画家たちの浮世絵に対する憧れは、フランス人と日本人が心の中で、ある種の同じ世界を共有する証であるような気もする。そんな芸術論や文化論も交えて夜がふけるまで話し込む。

パリ日本食レストランにて

モン・サン-ミッシェル

6月29日(火)
朝5時に起床し、7時15分にモン・サン-ミッシェルに出発。
4時間の車の旅はかなりハードであると思ったが、ノルマンディー地方の景色を眺めながら、英国との100年戦争からジャンヌ・ダルクの出現、そしてフランス革命、第二次世界大戦での連合国・ノルマンディー上陸作戦などの想いをめぐらせているうちに、モン・サン-ミッシェルに到着した。

モンサンミッシェルにて

着いて直ぐ、サン・マロ湾上に浮かび、青空に向かってそびえるその幻想的なモニュメントに、心が複雑に動いた。それはあたかも軍艦のような、お城のような・・。山の形を考慮しながら花崗岩の周囲を包み込むミラミッド型修道院は、1979年よりユネスコの世界文化遺産として指定されている。

中世の人々が地上に具現された天空のエルサレム、天国の象徴とみなした気高き修道院は、時代がどのように変わろうと、人々の苦しみを癒し、フランス国家のアイデンティティーとして、今もなお世界中から多くの人々が訪れているのである。

中に入り階段を一歩一歩踏みしめながら訪れる修道僧の居住棟、食堂、王や貴族たちを迎える部屋、教会、列柱廊、更にフランス革命時に国の監獄として使用された独房は、今なお、その刻まれた数々の歴史の重みに耐え、何かを我々に語りかけているかのようである。

テラスからの眺めは、開放的で素晴らしく、ブルターニュ西方カンカルの岩礁、東側はノルマンディーの岸壁、また南西に広がる花崗岩盤、更にトンブレーヌの小島を北方に見渡すことが出来る。その美しい景観を通して、自分自身の心の中にイメージされてゆく秋冬コレクションの素材の風合いと色合いを、カシミヤ・ウール素材とシルクシフォンで表現される、グレー・ベージュ・ピンクに重ね合わせてみる。

ネオゴシック尖塔の鐘楼と、その上に飾られた金メッキが施されたミカエル像。その姿から大天使としての伝統的特性である特殊な次元に触れることが出来る。
悪魔の象徴である竜と戦い、それを打ち倒すと言われたミカエルは、来世への不安を抱いていた中世の人々にとって、最後の審判を迎えた日の魂を癒すとされていた。今でもなお、その姿は当時の民主たちの祈りを語り伝えているかのようであった。

大天使ミカエルのお告げ

列柱廊

今から40年前、私はロンドンとパリで始めて針と糸と鋏、そしてカラーペンを持ち、モードの世界を志した。その時、ヨーロッパの多くの先生方、先輩たちに、モードとは単に時代の最先端を追求するものではなく、歴史を学ぶことから生まれると教えられた。
今回、モン・サン-ミッシェルを訪れることによって、歴史の持つ重みと、モードのもつ奥深さを重ね合わせる大切な意味を知ることになる。

サン・マロ湾の海と砂の色合い、夕陽に照らされる花崗岩の色合い、更の修道院のテラスからみえる、ブルターニュの岩礁やノルマンディーの岸壁の景観に、その全てのハーモニーを通して、人の心を癒す世界を発表してみたい。
私はミカエル像の美しい姿とその表情を見たとき、人の魂を癒すモードこそ、私の求めるものではないかと、直感的に思ったのである。
身にまとい、人を表面的に美しくさせるだけでなく、その人の魂を癒すことの出来るモードこそ、ブランドとしての価値であり、これからの私の求める究極の創作ではないかと感じた。

渡辺弘二 2010パリ・ミラノ出張1(動画)

モンサンミッシェル名物 オムレツ

有名なオムレツ作り

パリ編・Ⅱへ続く